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プロローグ

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~プロローグ~

 

当院の院長を紹介するコーナーを設けさせて頂くこととなりました。

院長は、多くの趣味を持っております。院長のことを多くの方に知って頂き、親しんで頂ければ幸いです。まず始めは「電車」からスタートしたいと思います。

子どもの頃に機関車撮影で新聞に取り上げられたことも・・・。当時、機関車坊やと呼ばれていたそうで、今でいうと『鉄』と言うのでしょうか。

 

当時の新聞(西日本新聞 昭和46年9月5日)を引用させて頂きます。

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日向市で九歳の坊やが、愛用のカメラで、蒸気機関車の写真をとり続け、りっぱな「SLアルバム」を作った。学校や近所の人たちの間でも評判で 機関車坊や とのニックネームまでついた。

この機関車坊やは、同市平岩、平岩小学校三年生の渡辺裕之君(九つ)。渡辺君がカメラをいじり始めたのは幼稚園のころから。初めは父親命平さん(四〇)=医師=と、山野に撮影に出かけていたが、自宅のすぐ近くに南日向駅があり、しだいにダイナミックな蒸気機関車にひかれるようになった。

春休みや夏休みのほとんどはハーフサイズのカメラをさげて南日向駅に 出勤 。汽笛や吹き出す蒸気、煙の音まで録音テープに取るマニアぶり。とり続けた写真も数えきれない。

いまでは、南日向駅に到着する列車のうち「〇時〇分のはD51 △時△分はC57」…と、到着時刻ごとに蒸気機関車の型式まで覚えてしまった。食事をしていても列車の汽笛が鳴れば、カメラを手に飛び出す熱心さ。南日向駅に停車する列車の機関士仲間にもすっかり顔が 売れ ている。

モデルになってもらった機関士さんには、お礼に自作の写真を贈っている。そのうちの一人、宮崎市〇〇町の〇〇〇さんは、このほど一線の機関士から、若い機関士を育てる教育係りに栄転、渡辺君あてに、つぎのようなたよりをした。

「こんど勤務が変わったので、会えなくなりました。国鉄に三十年間勤務をしてますが、機関車に乗っている写真は、キミがとってくれたのが二枚目。とてもよくとれています。一生大事にします。また、列車に乗ることもあるでしょう。そのときは南日向駅で会いましょう」。

「SLアルバム」には、力作がふえるばかり、南宮崎駅以北の日豊本線は、四十九年四月に電化を終わり、蒸気機関車は、姿を消す運命。だが、それまでには渡辺君の写真の腕も、ぐんと上がるに違いない。

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新聞で紹介された機関士さん、これがご縁で機関車坊やとの文通が始まったそうです。大人になってからも交流は続いており、院長が結婚する際、披露宴にてスピーチをされたそうです。素敵な話ですよね。

 

それにしても、当院裏手の日豊本線、蒸気機関車が走っていたんですね。時を感じます。

 

院長に「電車が好きになったきっかけは!?」と尋ねたところ、『子どもはみんな電車が好きだから』と笑って答えました。

 

次回より院長撮影のレアな写真!?もあるかもしれないDr.ヒローの知ってる世界VOL.1をお届けします。

お楽しみに。

2020/07/21

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